新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、人が自由に移動することや、人と直接会うことが制限されている。もし今、瞬時に行きたいところに行き、会いたい人に会えたら―。そんな夢のような体験を叶えるプロジェクトが今、全国で熱い注目を浴びている。アバターイン社が提供するアバターロボット「newme(ニューミー)」。この画期的なロボットを北九州市の産業活性化のために活かせないかと活動している北九州産業学術推進機構の皆さんに話を聞いた。
フェイスの取り組みとニューミー
――まず北九州産業学術推進機構(通称:フェイス)はどのような組織でしょうか?
藤本:私たちは北九州市の外郭団体で、主に北九州学術研究都市のコーディネートをしています。北九州学術研究都市は、2001年に若松区でオープンした学術研究の拠点。東京ドーム70個分の敷地に、九州工業大学や早稲田大学など理工系の4大学と研究機関、企業の研究部門などが集まっています。学生のうち3分の1が留学生で、外国人研究員も多く、国際色豊かな場所です。
――フェイスではアバターロボットを使った新ビジネスの創出を応援したいとのことですが、このアバターロボット「newme(ニューミー)」について教えてください。
藤本:アバターロボットとは、人が遠隔から操作することで、あたかも自分がその場にいるような感覚を体験できるロボットです。ANAホールディングス(ANAHD)発の初めてのスタートアップ会社として2020年4月にアバターイン社を設立し、アバターロボットのニューミーを使って、幅広い分野の人たちと実験を行いながら、新しいサービスやビジネスを模索しています。
ニューミーの全長は100~150cm。頭にモニターがついていて、遠隔地のパソコンで利用者が"アバターイン(アクセス)"するとモニターに顔が映し出され、その場にいる人たちと会話ができます。また、パソコンの↑↓←→で操作すると、時速3kmのはやさで動き回ることができます。
――とても面白そうですね。そもそもフェイスとニューミーが出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
藤本:私の知人がアバターインに転職していて、昨年夏に「ニューミーを使ってみないか」と声をかけてもらったのがきっかけです。 ANAHDがアバタープロジェクトを始めたことは話題になっていて知っていましたので、まさか知り合いがいて話が回ってくるなんて、とうれしく思いました。
私自身は北九州出身で、東京のメーカーで産学連携などのプロジェクトを担当し、10年前にUターンしてフェイスにいます。もともと技術屋でいろいろなものを見てきた中でも、ニューミーに無限の可能性を感じたんです。最近はzoomなどのウェブ会議システムが浸透してきましたが、それとは全く違って、ニューミーを人のように感じることもあります。
▲北九州産業学術推進機構 産学連携担当部長・藤本さん
――実際に試されて、そう思われたのですか?
藤本:はい、北九州にある私たちのオフィスで8月にセミナーを開催した際、ニューミーを送ってもらい、試験運転をしていたときのことです。知人の彼が東京のオフィスから私たちのオフィスにあるニューミーにアバターイン(アクセス)して、ディスプレイ越しに会話したり、彼がニューミーでその場を動き回って会場の様子を把握したりしていました。もうね、彼がそこにいて、話して動いている感じがすごくしたんですよ。感動しましたね。
次は私が東京のオフィスにあるニューミーにアクセスして入らせてもらい、あちらのオフィスを動き回りました。zoomと大きく違うのは、自分で動いて見たいものが見られること。例えば、zoomの画面の端っこに何か映っていて、「これ何かな?」と気になっても、画面を振ることはできないですよね。でもニューミーなら自分で向きを変えて、近づいて行って見ることができるんですよ。まさに自分がロボットの中に入り、そのロボット自身になっているような感覚です。
――なるほど、体験されたからこその驚きや感動があるのですね。アバターインのサイトを見ていると、動画の中で子どもがニューミーに抱きつくシーンがあって、実は「えっ、そんなことってあるの!?」と半信半疑だったのですが…。
富田:私も同じシーンを見て「誇張しているのかな」と正直思っていた部分がありました(笑)。でも、実際に体験したんですよ。昨年末、若松のグリーンパークでケーキを作る親子イベントがあったとき、ニューミーを入れさせてもらいました。すると、子どもたちは喜んでコミュニケーションを取ってくれて、最後にある男の子がニューミーに抱きついて、話しかけながら自分の名前シールを貼って帰りました。ロボットだけど、完全に人や生き物のように親しみを感じたんでしょうね。
――本当にそんなことがあるのですね。少なからず疑ってしまい、大変失礼しました。
富田:それにニューミーは操作する人間の性格がよく出るのも面白いところなんですよ。気が短い方は操作が荒くなるし、ゆったり動いて回る人もいる。まさにその人が乗り移った感じです。
▲(左)北九州産業学術推進機構 冨田さん、(右)北九州市役所 小嶋さん
――確かに自由に操作できるから、自然にその人らしさが表われそうですね。フェイスでは、どのようにニューミーを活用される予定ですか?
藤本:私たちは地域の事業者さんたちが、ニューミーを使って新たなビジネスを創出するサポートをしていきたいと思っています。まだ新しい技術や製品なので、実験しながら使い方を発見していく感じになるでしょう。
例えば、介護や観光、教育などの分野で、サービス提供者とユーザーをつなげて新たな価値を生み出す一方で、ニューミーを使う上で機能の拡張や改良をしたいといったニーズを拾い、研究や開発を行う企業や大学の先生などと橋渡しをする、コーディネーター的な役割を担います。これから積極的に動いていくつもりです。
――全国的に見ると、どんなところで使われているのでしょう?
藤本:例えば、新型コロナウィルスの感染予防対策の一環として、病院で実証している事例があります。そこでは、医師や看護師さんが病室を巡回するためにニューミーを利用しており、入院患者との接触を減らすことができ、院内感染防止に大変有効だったようです。
また、他にも、ニューミーとドローンを組み合わせて、将来の遠隔医療の実証も行っているようです。医師が常駐できない離島において、ニューミーやタブレット等を活用し、医師が遠隔から患者さんを診察し、処方された薬をドローンが海を渡って運んでくれるという形です。これが実現できると、コロナ禍でも、感染リスクを抑えて対応することもできますし、将来的には医療資源の偏在という社会課題の解決もできると思います。
▲長崎・五島 ドローン×アバターの処方薬輸送の実証
以下公式Facebookより動画がご覧いただけます。
https://www.facebook.com/avatarin.inc/posts/872361006837160
――まさにコロナによって変わった新しい生活様式にマッチしてきそうな活用事例ですね。
藤本:そうなんです、他にも介護施設で行った実験があります。今は面会制限が厳しく、入居している高齢者に家族でさえなかなか会いに行けません。zoomを使って入居者と家族が面会するという方法はあるけれど、その場合はスタッフがタブレットを持って入居者の部屋まで行き、zoomをつなぎ、会話をしている間は付き添っておく必要がありました。多忙なスタッフにとっては負担が大きいですよね。でも、施設にニューミーがあれば、家族が自分たちでアクセスして部屋まで自走し、「お母さん、調子どう?」なんていうコミュニケーションが取れます。これは入居者と家族、施設の三方に喜ばれるサービスです。
さらに極端な例としては、宇宙ステーションにアバターロボットを置いて、そこにアクセスするという実験もあったんですよ。「いつでもどこでも瞬間移動できる」というアバターインのコンセプトを象徴するような夢のある取り組みですよね。
――九州での事例としてはいかがでしょうか?
藤本:九州の事例として有名なのは大分県です。県がアバターイン社と連携して、地域でニューミーを使った新たなビジネスモデルの創出を図るべく、パートナー事業者を募集して実証実験を行っています。佐賀県も2020年度に事業をスタートしており、新型コロナウィルスの軽症・無症状患者向けの宿泊施設として借りているホテルで利用していると聞いています。
北九州から新たなインフラを
――これから九州でも広まっていきそうですね。フェイスでは、今後どんな風にアプローチしていくつもりですか?
藤本:すでに医療機関や観光、まちづくりなどで使ってもらえないかと提案しているところです。北九州の事業者さんが新しいことを始めたり、今の事業を拡大したりするために使ってもらえればというのが一つ。あとは先ほどの介護施設の例のように、今の社会状況で困っていることを解決する手段になったらいいなという思いもあります。
――具体的にいうと、北九州のどんなところで利用できそうでしょうか?
藤本:そうですね、医療や介護、観光、イベントなどの分野は、ネットワーク環境さえ整っていれば利用できそうだと思います。他には、百貨店やモール、個人のお店など、物販のところとも相性がいいでしょう。お店にあるニューミーにお客さんがアクセスして、ぶらぶらと店内を見て回り、気に入ったものを購入する。買ったものは翌日に自宅に届けるということも可能です。
また、水族館や美術館、博物館などにニューミーを置いて、スタッフが案内ツアーをしたり、自由に見て回ったりするのも面白そうです。2台あればデートもできますね。ニューミーは動作音が静かなので、美術館でも他のお客さんの邪魔にならず、近づいて展示物の解説を読むこともできます。
▲西南女学院大学による北九州市立響灘緑地 / グリーンパーク 熱帯生態園での実証
▲西南女学院大学 人文学部観光文化学科「高橋ゼミ」の皆さま
――いろいろな可能性が広がっていますね。ちなみに藤本さんはすっかりニューミーに魅せられている感じがしますが、どうしてでしょう?
アバターロボットは新しいテクノロジーで、アバターイン社はこれをあらゆるところに普及させて、インフラのようにしたいという野望をお持ちです。本当にまちの中でアバターロボットがウロウロするようになったら、世の中の風景が変わりますよね。それを見てみたいという願望があります。
そしてもう一つ、私は10年前に北九州に戻って来て、高校生まで過ごしていた北九州とのギャップにものすごく唖然としました。なんて寂しい街になってしまったのだろう…と。だから、とにかく北九州の景気づけになるような取り組みをやっていきたいという思いが強いんです。
――北九州を活気づけるというのは、フェイスの理念とも重なりますね。
小嶋:そうなんです。今はコロナ禍で、新しいビジネスモデルやスタイルを模索している事業者さんが多いように感じています。そのとき、ニューミーのように新しいツールがあれば、これまで全く考えたこともなかったような斬新なビジネスを思いつくヒントになりますし、お客さんや社会からも注目を集めやすいと思います。
ただ、まだまだニューミーの活用用途は未知数です。どうしても私たちだけでは思いつかないこともありますので、ニューミーを活用して事業をつくっていきたいですとか、画面に翻訳機能をつけて海外の方ともコミュニケーション取れるようにしたらどうかですとか、面白いアイデアをニューミーに搭載して、それを新製品や新ビジネスづくりのきっかけにしていただきたいと思います。
――未来のインフラをつくるってやりがいがありますね。
片田:そうですね。アバターイン社もニューミー自体のアップデートを望んでいます。それを地域の事業者と一緒に考え、北九州はじめ九州からインフラをつくっていけたらいいですね。
そういったことに興味のある方はぜひお問い合わせください。私たちは北九州の外郭団体ですが、北九州以外の企業さんやスタートアップの皆さんの新しいお知恵もあると面白いと思っています。
▲北九州産業学術推進機構 片田さん
――北九州に限らず募るというのも面白いですね。
藤本:まずはニューミーを見てみたい、触ってみたい、体験してみたいなどと興味を持ってくださったら、お気軽にご連絡ください。一度体験してみることで、いろんな気づきがあり、アイデアも湧くと思いますから。ぜひお待ちしています。
インタビューの後、実際にニューミーを体験させてもらった。福岡のオフィスにあるパソコンからフェイスのオフィスにあるニューミーにアバターインして、オフィスの中を見て回った。簡単にアクセスできて、シンプルな操作で動くことができて、音声と画像がズレることもない。自分で気になるものに近づき、じっくり見ることができる。まさに瞬間移動して現地にいるような、全く新しい感覚だった。どんなことに使ったら楽しいか、どんどん妄想が膨らみそうだ。興味を持った方はフェイスに連絡して、ぜひ一度体験してみてほしい。
北九州産業学術推進機構(フェイス)へのお問合せはこちら
E-mail:avatarclub@ksrp.or.jp
TEL:093-695-3007(江口、冨田、藤本)
フリーライター・エディター
福岡市出身。九州大学教育学部を卒業、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、Web、報告書などの制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人をはじめ数千人を取材。2児の母。