インタビュー

生活の家具からオフィス家具へ。起業を通じ家具の町・大川の産業を未来につなぐ | ワアク 酒見史裕さん

By 山本 佳世

|
公開日 2021.05.20
ワアク酒見ceo

人は「十人十色」と言われるように、起業のかたちも人それぞれ。「MY FOUNDING STORY」シリーズでは、さまざまな企業の創業ストーリーを紐解き、これから起業しようとしている方々の参考や励みにしてもらいたいと考えています。

リモートワークが普及し、フリーランスとして働く人も増加傾向にある昨今。自宅やスモールオフィスを拠点に仕事をしている人も多いのでは。そんな多様化するワークプレイスにフィットするオリジナルのオフィス家具を提案するワアク株式会社。この会社を起業した背景には、"家具の町"として知られる福岡県大川市の産業を発展させたいという代表の酒見史裕さんの想いがありました。

■プロフィール
ワアク株式会社 代表取締役CEO
酒見史裕(さけみふみひろ)さん

1978年、福岡県大川市生まれ。家業の家具製造会社丸惣に入社後、デザイン事務所を設立。2016年、父の逝去に伴い丸惣の代表取締役に就任。自社ブランド・FIEL(フィール)を立ち上げて業績が低迷していた会社を再建。2019年にオフィスデスク専門のD2Cブランドとなるワアク株式会社を設立。

どんな職場にもフィットするオフィス家具を

――まず、ワアク株式会社の事業内容を教えてください。

酒見:福岡県大川市の産業インフラをベースにしたオリジナルオフィス家具のD2C(メーカーやブランドが直接消費者と販売取引を行うビジネスモデル)を手掛け、オリジナルデスクの開発・製造と、それらを含めたオフィス家具のオンライン販売をベースに、企業のオフィスデザインなども請け負っています。立ち上げ当初はオフィスデザインやオフィス家具の受託案件が大半でしたが、先月ホームオフィスやスモールオフィス向けの新作デスクをリリースしネット販売にも力を入れはじめています。

――元々、家具に携わるお仕事をしていらしたのですか?

酒見:現在も大川市にある、家業の丸惣という家具製造の会社を経営しているんです。婚礼タンスの製造から始まった85年ほどの歴史を持つ会社で、僕で4代目になります。ただ僕が入社した20年くらい前からタンスや住宅用の家具がどんどん売れなくなっていて、会社の経営も悪化していました。そこで地方の中小企業といえども"ちゃんとブランディングをしないと家具は売れない"と感じ、デザイン会社を立ち上げたんです。そこでは同業他社のブランディングやロゴデザインなども手掛けていました。

そんな中、父が2016年に他界し、家業の代表取締役に就任しました。その後、社内でFIEL(以下 フィール)というオフィスデスクの専門ブランドを立ち上げて売上げを伸ばし、ある程度再建できたと実感できたのでワアクのプロジェクトを始めることにしたんです。

FIEL

――なぜ住宅の家具ではなくオフィス家具のブランドを立ち上げたのですか?

酒見:デザイン事務所を立ち上げたのが10年ほど前だったのですが、当時はデザイン性の高いオフィスデスクがありませんでした。オフィスチェアは国産メーカーだけでなく海外の高価なものまで選択肢は幅広く揃っているのに、後者のようなスタイリッシュな椅子に合う机がない。

マーケットを調べたところ、何千万という予算でデザイン会社へ内装を発注してかっこいいオフィスを作る大手企業がある一方、オフィス家具の専門会社から画一的な家具を購入して揃える会社も多い。その中間にあたる、どんな職場にもフィットするデザインや機能性を満たしたオフィス家具というものがなかったんです。そこで"ないのであれば自分たちで作ろう"という発想から始めたのがきっかけです。

――ワアクとしてD2Cを始めたのはなぜでしょう?

酒見:フィールというブランドを立ち上げていたので、デザイン性の高いオフィス家具を作れる可能性は感じていました。ただ、オフィス家具ってお客さまの手に届くまでに、「メーカー⇒ディーラー⇒プロジェクトマネジメント専門会社」というように、何社も間に入る仕組みになっているんです。この流れに乗ってオフィス家具が流通していくと、お客さまの手に渡る頃には工場出荷金額の数倍の金額になってしまう事もあります。せっかく僕たちは自社工場を持って良質な製品を作る能力があるのだから、良いオフィス家具をたくさんの人に使ってもらえるようにしたいなと思い、D2Cという直販モデルを始めることを考えました。

waak

――そこで、どうしてスタートアップという形をとったのですか?

酒見:家業を経営する中でどうやってD2Cを始めよう…と考えていた時に、たまたまフェイスブック上で『Fukuoka Growth Next(以下 FGN)』で起業家を支援するFGN JUMPSTART PROGRAMの募集がかかっていることを知りました。1期生として参加したのですが、そこでスタートアップの仕組みやエクイティファイナンス(企業が新株を発行して事業のために資金を調達すること)の講義があり、大変衝撃を受けたんです。

我々のようないわゆる地方の零細企業は、デットファイナンスといって銀行から融資を受けて会社を経営していく手法が一般的です。一方でスタートアップはベンチャーキャピタル(以下 VC)のような投資会社に未来の事業計画をプレゼンして投資してもらい、急成長させられることを初めて知りました。そのスキームの方がスピード感もあり、事業内容や大川のためにもなると考えました。

――家業の経営とは別に、スタートアップするにあたって不安はありませんでしたか?

酒見:ビジネスモデルとしてスタートアップの手法を選択するのはありなのか…という迷いはいろんな人に相談したと思います。というのも"株主に入ってもらう=経営に干渉される"ということを前提で考えた時に、大川の産業をベースにワアクが挑戦しようとしていることは、ある意味では「地場産業を上場させる」ようなものだと思っているので、果たしてそれは町の産業にとってプラスになるのかどうかは悩みました。

「家具の町」に新しい可能性を生み出したい

――スタートアップの背景には、大川への強い思いがあったのですね。

酒見:大川は家具の町、職人の町と言われていますが、もちろんそれもありますが本質的には僕は"木工インフラの町"だと思っています。狭いエリアに木材や金物などのサプライヤー、加飾メーカー(パーツ加工のみ行うメーカー)、家具メーカー、物流会社など中小規模の会社がいくつも集まっている産業集積の町なんです。ただ日本は人口減少に伴って家具を買う人も少なくなってきているので、この先10年も経てば町の産業も今よりずっと厳しくなるかもしれない。400年以上の歴史を持つ日本有数の家具の産地なのに、衰退してしまうのは嫌だなと感じていて…。

とはいえ時代の流れが速すぎるので、ひとつの産業が衰退するスピードに追いつくためには僕ら中小企業がひとつずつ手堅く、だけでは多分間に合わない。だから東京のような大都市に集まっている資本を地方に引っ張ってきて、それをオフィス家具というこれまで大川で作られてこなかった新しい産業に生かすことができれば何とかスピード感を持って盛り上がれるのではないかと思っています。

もちろん、大川にはウチより歴史も長く規模の大きなメーカーはたくさんある。それぞれに企業努力されているので、そこと競合するのではなく、新しい可能性を模索している、という感じです。

ワアク

――実際起業されてみて、ここは大変だなと感じることはありますか?

酒見:中小企業の経営とスタートアップの経営の手法が全く異なることですね。その違いというのは、例えば2,000万円を投資してもらったとしても、そのお金は使わずに手堅く僕一人で仕事をとってきて工場で作って納品して、というのがこれまでの手法。それでも利益は上げられるんですが、スタートアップでは投資のお金をすぐにプロダクト開発などに使い改善を重ねて急激に売上を伸ばしていく。こういったところがこれまで堅実にコツコツ積み重ねてきた家業の経営手法とは全く違いました。繊細さと大胆さのスイッチの入れ方が難しいというか、まだ大胆さの部分を把握できていないかもしれません。

――それでも結果的には、起業して良かったと感じますか?

酒見:スタートアップを始めたこと自体は良かったと思っています。資金を調達するにあたって何度もVCさんとピッチするし、そこで壁打ちしてもらっていろんな批評をいただけたことも良かったですね。まあコテンパンに言われることもありますけど(笑)。中小企業の社長だとダメ出しされることってなかなかなかったので、いい経験になっています。経営者としての自分自身と会社の事業を成長させるためには、耳の痛い話も受け入れないと先には進めません。

酒見さん

――今後の展望は何か具体的に予定されていますか?

酒見:2021年4月末に在宅ワーク向けのデスクを2商品リリースしました。これはたくさんのユーザーヒアリングやターゲットユーザーさんを招いての試作検証会、それらのフィードバックからの改善などを経て作りました。これまでの家具業界にはない、まさしく「D2C」の商品開発手法で作り上げています。そういった事前のマーケティングを行なっていたこともあり、おかげさまでリリース直後から想定以上のお買い上げをいただきました。
そのような商品開発を基盤としながら、今後は大きく2つの事業を考えています。

1つ目が自分たちで独自の物流システムを持つこと。家具の配送費って物流システムの都合上、すごく高くなってしまうんです。そこでそのコストを押さえるためにも自分たちでお客さんのところまで家具を運び、お客さまに手伝ってもらいながら組み立て、出たゴミを回収するという新たなシステムを考えています。家具の組み立てまで行うフルサービスでもなく、送って自分で組み立ててもらうセルフサービスでもない、その中間のサービスというイメージです。

そしてその先には、自社の物流網を活かして商品の二次流通を作っていきたいと考えています。
今回発表した新作は天板に無垢材を採用していますが、これは良い商品を作りたいと思うのと同時に、キズが付いても私たちの工場で削って再塗装することで新品同様に戻せるというところに意味を持たせています。
コロナで“ウッドショック”が起こり木材価格も高騰していますが、いずれ木材資源は少しずつ枯渇していくと思います。そうなる前に、二次流通できる前提の家具を開発することで、持続可能なものづくりを実現したいと考えています。

――最後に、これから起業する人へのアドバイスをお願いします。

酒見:起業するならぜひ福岡で!FGNという素晴らしいサポート体制があることは、起業家にとって大きなメリットになると思っています。さらに福岡は街の規模に対して集まっているファンドの規模が大きく、起業家を取り巻くコミュニティの中には投資家や金融機関、士業の先生もいます。僕もここが無かったら、とてもじゃないけど起業できなかった。それに先輩起業家さんにもたくさん出会えるので、成功や失敗事例など生々しい話をいろいろ聞けることもメリットだと思います。

ワアク

自社の成長を通じて大川という町の家具産業にも貢献したいという強い思いが感じられるインタビューでした。

ワアク株式会社について

■会社概要
会社名:ワアク株式会社
URL:https://waak.space/
所在地:
(本社)
 福岡県福岡市中央区大名2-6-11 FukuokaGrowthNext 3F
(大川オフィス)
 福岡県大川市大字一木1047-1 富士貿易倉庫内
(福岡デザインスタジオ)*ショールーム
 福岡県福岡市中央区今川1-4-11 吉井ビル1F
設立:2019年10月
代表取締役CEO:酒見史裕

■事業内容
オフィス家具の製造・販売

■問い合わせ先
Mail:store@waak.space

お知らせ

▷Fukuoka Growth Nextでは西日本シティ銀行スタッフが毎週水曜日常駐しています。創業に関するご相談も承っていますのでお気軽にお越しください。

▷福岡市と北九州市には創業期のお客さまをサポートする専門拠点『NCB創業応援サロン』を設置していますので、こちらにもお気軽にお越しください。
https://www.ncbank.co.jp/hojin/sogyo/sogyo_plaza/

[NCB創業応援サロン福岡]
福岡市中央区天神2-5-28 大名支店ビル7階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-713-817
[NCB創業応援サロン北九州]
北九州市小倉北区鍛冶町1-5-1 西日本FH北九州ビル5階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-055-817

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