福岡市のJR吉塚駅近くにある株式会社保坂塗装店(保坂一正塗装店より社名変更)。創業75年の歴史を誇り、業務の対象エリアとしては福岡を中心に九州一円と山口エリアをカバーしています。同社の強みは「業務の幅広さ」「クオリティの高さ」「価格」の3つ。塗装業界には珍しく、職人を社員として雇用することで、お客さまにも社員にも誠実な姿勢を貫いています。3代目社長の保坂秀治さんに、会社の成り立ちから事業のこと、将来のことまで話を聞きました。
業務幅、高クオリティ、低価格の塗装店
――まずは会社設立の経緯から教えてください。
保坂:弊社は私の祖父・保坂留雄が1948年、福岡市東区で創業した会社です。祖父は長野県の出身で、朝鮮半島で農園をしていたのですが、敗戦によって着の身着のまま日本(福岡)へ帰国。福岡から長野へ帰るお金もなくて福岡にとどまり、たまたまペンキを塗っている人を見て、"自分もペンキ塗りの仕事ならできるかもしれない"と思ってはじめたのが創業のきっかけと聞いています。
戦後の復興に伴って仕事も増え、当時はリヤカーを引いて遠くまで仕事に行っていたそうです。1992年には父・功夫が代表に就任し、2017年に私が3代目社長になりました。
――長い歴史がありますが、子どもの頃から家業を継ごうと思われていたのでしょうか?
保坂:特に意識はしていなくて、福岡大学の法学部に進学したものの、一般就職するより家業を継いでみたいと、ふと思うようになりました。卒業後はいったん他の塗装業の会社に入って大阪本社と東京で働き、2003年に福岡に戻って保坂塗装店に入社しました。
――社名のとおり塗装業がメイン事業かと思いますが、現在の事業内容についても教えてください。
保坂:私たちの強みでもありますが、塗装はもちろんのこと内装・防水工事の多様なニーズに対応しています。一般住宅やマンション、ビル、ホテルの新築・改修をはじめ、マンションやビルの大規模修繕、店舗の内装、バスケットコートなどの特殊塗装、マンションやビル、プールの防水・塗床、工場や倉庫の遮熱・断熱、橋梁・公共施設などの土木塗装、家具の塗装まで手がけています。
主なお客さまは地元の工務店さんやゼネコンさん、中堅のゼネコンさん、マンションの管理会社さんなど対法人で、九州一円と山口エリアをカバーしています。
――本当に幅広い業務を手掛けられていますね。具体的にはどのような場所を手がけているのでしょうか?
保坂:特徴のあるところでは、本やCDなどのレンタルや販売を行う大手チェーンの福岡空港店を担当しました。ワークスペースのある店舗で、スタイリッシュに仕上げた壁が印象的だと好評いただいています。同じチェーンの天神にあるお店も手がけ、他には、福岡市東区にある大型レジャープールの防水塗装、バスケットコート、粕屋町にあるカーショップの外壁の動物イラストなどもあります。
ちなみに、弊社内のこの内壁は、塗料にコーヒー豆を入れて塗りました。コーヒーの香りがしばらく続くかなと期待したのですが、意外とすぐに消えてしまいましたが、いろいろとチャレンジもしています。もちろん天井も床も自分たちで塗っています。
▲社屋の壁
――オフィスの壁にコーヒー豆が入っているとは画期的ですね。塗装の仕事のやりがいはどのようなところでしょうか?
保坂:塗装は、手がける人によって下地から仕上げまで違いが出て、腕の見せどころがいっぱいあります。それによって唯一無二のものができることがやりがいですね。また、自分が手がけたものが街に形として残るのも魅力です。
――御社の強みについてもお教えください。
保坂:先ほどの「対応できる業務の幅広さ」に加え、「クオリティの高さ」「価格の安さ」の3つでしょうか。まず、一般的な塗装屋はマンションの塗装や住宅の塗り替えなど業務を絞っているところが多いのですが、弊社はあらゆる塗装に対応できます。大規模修繕を丸ごと請け負い、15階建てくらいまでなら自分たちで足場を組んで改修工事を行うこともできるのが弊社の強みです。
次に、「クオリティの高さ」には一層の自信があります。それは職人を社員として抱えているためです。塗装業はひとり親方や数人規模の会社が大半で、仕事を受けたら他の職人を集めて対応するのが一般的です。大手の場合でも外注して、実際に現場に入るのは孫請けの職人ということも。すると職人に支払われる金額が低くなり、どうしても早く業務をこなそうとしてしまいます。その点、弊社は社員6人と専属のひとり親方4人の計10人で仕事を回し、一つ一つの現場にこだわってクオリティを高めるように心掛けています。
そして最後に、「価格の安さ」です。大手企業に比べると、6割ほどの金額で請け負うことができます。実はつい最近、他社の請負金額を初めて知って驚いたのですが、他社は総務や営業、設計などの多くの社員を抱えているので当然高くなるそうです。一方で弊社は元請けの仕事が多く、基本的に社員などで対応するので、トータルの金額を抑えることが可能です。
――職人を社員化しているケースは珍しいのではないでしょうか?
保坂:はい、塗装業で職人を社員として抱えるのは非常に珍しいのですが、仕事のクオリティを保つためには重要なことだと思っています。お金の管理は私がするので、職人はいい仕事をすることに集中してもらっています。最近は大規模修繕に力を入れていて、お客様から「仕上がりが1番いい」と評価していただけることが励みになっています。
――社員にはどのような方がいて、どのような働き方をしているのでしょうか?
保坂:1人は60代のベテランで、あと5人は20代から40代です。社歴は一番長い人で15年、未経験から入ってきた20代の女性もいて、みんな誇りを持って意欲的に働いてくれています。ひとり親方はベテランぞろいです。
働き方としては、月に6日休みで、ある程度は休みたいときに休めるようにしています。私自身、残業が好きじゃないので、現場が追い込まれてどうしようもないとき以外、残業はなし。現場も17時には仕事を終わるようにしています。給与は結構いい方だと思います。
――社員の方を大切にされているのですね。
保坂:これからも少しずつ社員を採用し育てて、ずっと安心して働ける環境を整えていきたいと考えています。そうすることで仕事のクオリティを維持できて、依頼してくださるお客様の期待にも応えられますから。どんどん営業して仕事を取るというより、質の高い仕事をすることで次につながればと思っています。
需要拡大を見据えた将来展望
――これからの塗装業界はどんな見通しでしょうか。
保坂:建設業にはいろいろな業種がある中で、塗装業は今後も生き残っていく分野だといわれています。新築と改修の両方で必要になるからです。例えば、新築マンションの外壁は、以前は隅から隅までタイルを張ることが多かったのですが、最近は吹き付け塗装の要望が多くて塗り替えが必要になります。また、タイル仕上げでも目地に塗装したり、打ちっぱなしでも透明で塗ったりと、塗装はいろいろなところに施されているのです。
国の動きをみると、つい最近、防衛費が増額されました。そのことにより建物の改修や補強に大きな予算がついたため、弊社にも見積の依頼がきています。さらに福岡エリアでは天神ビッグバンという建て替えプロジェクトが進んでおり、弊社もこれから関わることになりそうです。中期的な見通しとして、塗装の仕事は確実に増えると見込まれます。
――御社の展望をお聞かせください。
保坂:国全体として職人が減る一方、福岡では塗装の需要が増える中において、自社で社員を抱えて安定して質の高い仕事をできることは、大きな強みになっていくに違いありません。これからも社員を少しずつ増やしながら、売上も拡大して、10年後には2倍ほどの規模になることを目指しています。
また、この10年以内のうちに少し郊外に広い土地を購入して移転できればと考えています。今は会社が福岡市内で駅からすぐという好立地で、倉庫もあり、駐車場を十数台借りているため経費がかさみます。郊外であれば工房スペースを作り、今やっている家具塗装も広げられると見込んでいます。堅実な経営を続けて、いずれ子どもが会社を継いでくれればいいなと願っています。
塗装といっても外壁だけではなく、床や天井、タイルの目地、スポーツ施設のコートなど、身近なところに塗装が施されていることに驚きました。福岡市内においては再開発が活発であり、需要が増える中で、社員育成から今後のことを考える同社の役割はますます重要になってくるのではないでしょうか。安価ながら高品質の保坂塗装店、注目です。
フリーライター・エディター
福岡市出身。九州大学教育学部を卒業、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、Web、報告書などの制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人をはじめ数千人を取材。2児の母。