ここ数年間は毎年のように日本各地で災害が多発するようになり、記憶に新しいところでは7月上旬に記録的大雨が九州北部を襲いました。
「いつどこで自身に降りかかるか分からない災害に対して、特別なことをせずに備えられたら」。そんな思いから、"備えない防災商品"の「TAB(タブ)シート」を開発したのが、今回ご紹介する株式会社spoon(スプーン)の代表・巣元三知代さん。
商品の特徴や開発に至った経緯、これからの展望について、たっぷりとお話を伺いました。
■プロフィール
株式会社spoon(スプーン)
代表取締役 巣元 三知代さん
福岡県北九州市出身。タウン情報誌の編集や印刷会社の企画などの経験を経て、フリーランスのライターとして活動。2020年2月5日に「株式会社spoon」を立ち上げる。防災士、デジタル・アーキビスト、終活カウンセラーなどの資格を持つ。
フリーランスの活動をする中で、自分発信の「何か」をしたかった
――まずは株式会社spoonの事業内容を教えてください。
巣元:インタビュー取材や冊子の文章作成、各種広報・広告などの情報制作をはじめ、商品企画開発やイベント企画、資料のデジタル化サポートなど幅広く事業を展開しています。ちなみに社名のspoon(スプーン)は"さじ"の方ではなく、"数ある情報をすくって・まとめて・丁寧に届ける"という意味を込めています。
――起業されたきっかけは何だったのでしょう?
巣元:タウン情報誌の編集や印刷会社の企画などに携わった後、しばらくして独立し、フリーランスのライターになりました。クリエーターとして業務を受けるのですが、いろいろなアイディアを持っていてもどうしても発注元に提供・提案する形だけになってしまうんですよね。そこで自分発信で何か始めたい、作り上げたいとの思いがあり、法人化することにしました。
――自分発信のアイディア、ということで開発されたのが、今回ご紹介させていただくTAB(タブ)シートですね。どういった商品でしょうか?
▲左が"いつも面"、右が"もしも面"。
巣元:表面はポスターやカレンダーとして日常的に活用できる一方、裏面は災害や救援に関する情報を表示できるリバーシブルのシートです。当社では表面を"いつも面"、裏面を"もしも面"と呼んでいます。裏面には「SOS」の目立つ文字に加えて、ケガ人が何人いるか、水や食料の有無、通信状況などが一目で分かるようになっていることが特徴です。
素材には水に強いとされる合成紙タイプ、トラックの幌やテントに使われるターポリンタイプの2つを用意し、用途や環境によって使い分けることもできます。
活用シーンとしては、水に強いとされる合成紙タイプは災害時に家や会社の窓に、ターポリンタイプは壁面やベランダに下げるほか、車のリアガラスに貼って要救助状態にあることを周囲に伝え、地域に災害・救援の必要性を救護機関に知らせることができます。
ちなみにTABシートという名称はパソコンの「Tabキー」が由来です。"Tabキーのように情報の切り替えを容易にしたい" "1枚のシートに情報を集めたい"という意味を込めて名付けました。TABシートのもしも面は、「災害・救援情報表示シート」として意匠登録をしています。
――もしもの時、緊急事態にあることを周囲に知らせられるという商品なのですね。
巣元:このように一目で分かるSOS表示があれば、被災時に早く見つけてもらえる可能性が高まります。何より最大のポイントは、"備えない防災商品"であること。常に使っている・掲示している商品なので、災害時や緊急時でもすぐに裏返して利用できることがメリットです。合成紙タイプやターポリンタイプのA2・A1サイズはお子さんや高齢者の方も扱いやすく、1枚2役でコストをかけずに災害に備えられます。
▲非常時でないときは、"いつも面"を利用。
日常時と非常時に役立つ『フェーズフリー』の考え方が道をひらく
――なぜ防災商品を開発することになったのでしょうか?
巣元:最近は日本各地で地震をはじめ水害、台風、雪害など季節を問わず災害が発生していますよね。その度にニュースで目にするのが、水没した家の中や屋根の上で助けを求めている人たち、孤立した集落で掲げられている「SOS」が書かれた段ボールなどの映像の数々。そのような光景を目の当たりにして、自分に何かできないかとモヤモヤした思いを抱えていました。
特にお子さんや高齢者の方は災害時になかなか「助けて」という言葉を出せないと思うんですよね。私は印刷業界にいたので、「SOS」のメッセージを印刷でなんとか伝えることができないかと考えるようになりました。
――具体的なアイディアは何がきっかけで生まれたのですか?
巣元:ニュースで『フェーズフリー』という言葉を耳にしたことが、大きなきっかけです。「いつも使っているモノやサービスを、もしものときにも役立てることができる」という考え方です。特別な備えをせず、非常時や災害時に役立つ商品があることを知れたことが大きかったですね。
災害グッズを備えていても、いざという時に思い出せなかったり取り出せなかったりすることも多いと思うんです。
フェーズフリーの考えを知ってからは自分のモヤモヤがスッキリと晴れ、この"備えない防災商品"のTABシート構想が生まれました。
――着々と事業展開を進めていかれたようですね!
巣元:そんなことはないんですよ。2020年2月5日に起業し、商品開発を含めて幅広く展開していこうと意気込んでいた矢先に新型コロナウイルスの流行が始まってしまいました。同時に私の体も長年患っていた持病が悪化し、同年の8月に手術をして入院することになってしまったのです。
公私共に1度どん底に落ちた訳ですが、術後のベッドの上で全くの「0」から「1」に向かうものを作ってみたいとぼんやりと考えるようになりました。それから自分の経験値を元に考えをまとめていく中で、先ほどお話ししたようにフェーズフリーという考え方に巡り合い、TABシートという商品に高めていったという経緯があります。
これまでの経験と多くの人の支えが飛躍の力に
――このTABシートの事業を展開する中で、ご自身の強みはどういった点だと思われますか?
巣元:これまでの経験が最大限に生かされていることでしょうか。情報を整理して届けるというライターとしての経験や、素材や発色といった印刷の知識やノウハウを持っているからこそ生まれたアイディアだったのかなと思っています。
もう一つは、多くの人たちの協力を得ていること。パートナーになってくださった会社やクリエーターの方々、ご意見を頂戴した諸先輩方に、突飛な発想に付き合ってくれる大切な人たち、素晴らしいメンバーに恵まれたことが大きかったと思っています。
「0」から「1」を生み出す力にはパワーが必要です。覚悟と決心に加え、支えてくれる人がいないと続きません。同じ気持ちになって泣いて笑ってくれた人たちに、1日でも早く恩返しと恩送りをしたいと思っています。
――TABシートを広めるために、どのようなことに取り組まれていますか?
巣元:昨夏に、北九州市産業経済局中小企業振興課が募集していた令和4年度の「北九州発!新商品創出事業」にエントリーしました。これは、北九州市内の中小企業者が開発した新商品や新サービスを北九州市が認定し、広報支援を行うとともに一部をトライアル的に購入して評価とフィードバックをするというものです。
北九州商工会議所や中小企業支援センター、防災に関係する皆さんに背中を押していただき、プレゼンを経て認定商品に選ばれました。おかげさまで商品のPRにもなりましたし、何より行政のお墨付きをいただいたことは信頼性が求められる防災商品として大きな一歩になったと思います。
また、ここ最近は北九州をはじめ、関西エリアといった県外の防災商品関連の展示会にも出展してPRや情報収集に励んでいるところです。
▲展示会のブース。たくさんの人が興味を示し、改めてこの商品の必要性を感じたそう。
――実際に使用されたお客さまの反応はいかがですか?
巣元:これから売り出していくところなので実際に使用している方はまだ少ないのですが、お客さま第一号になっていただいた会社には軽トラサイズのターポリンタイプを購入していただきました。"いつも面"は会社案内で使われている画を会社の壁面装飾にしたいということでした。動く看板として使っていただきたいと思っていたのですが、お客さまから新しい発想をいただきました。
▲実際に企業が発注した軽トラサイズのTABシート。"いつも面"は企業オリジナルの画やロゴ、イラストなどを印刷し、壁に飾ったりトラックの荷台カバーなどに使ったりできる。
▲"もしも面"のターポリンタイプはハトメ付きで駐停車中の車、屋上やベランダから垂れ下げられるほか、合成紙タイプは垂直避難時に窓ガラスに貼ることができる。(※写真はターポリンタイプ利用イメージ)
災害時・緊急時には屋上や駐車場で"もしも面"を広げてSOSメッセージを伝えたいとのことでした。災害時には社屋を避難場所として地域の人に開放し、TABシートを使って地域の避難状況を外部に伝えたい。自社の防災備品だけでなく、地域防災・社会貢献(CSR)にも活用できる商品だ、とも言っていただきました。
――今後の展望について教えてください。
巣元:TABシートには時代と次代、そして日常の一部にしたいという願いを込めています。そこでこの商品だけに満足せず「TAB PORT(港)」という情報ポータルも構築して、フェーズフリーに関するさまざまな商品や情報を広めていきたいと思っています。
そのためにも、まずはTABシートを定番の防災アイテムにすることが第一の目標です。"いつも面"をオリジナルデザインで1枚からオーダーできるようにしたり、会社や店舗のノベルティにしたりと、これからいろいろな企画を練っていきますよ!
株式会社spoonについて
お知らせ
▷Fukuoka Growth Nextでは西日本シティ銀行スタッフが毎週水曜日常駐しています。創業に関するご相談も承っていますのでお気軽にお越しください。
▷福岡市と北九州市には創業期のお客さまをサポートする専門拠点『NCB創業応援サロン』を設置していますので、こちらにもお気軽にお越しください。
[NCB創業応援サロン福岡]
福岡市中央区天神2-5-28 大名支店ビル7階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-713-817
[NCB創業応援サロン北九州]
北九州市小倉北区鍛冶町1-5-1 西日本FH北九州ビル5階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-055-817
◎コワーキング施設「The Company DAIMYO」
福岡県福岡市出身・福岡市在住。地元の大学を卒業後、ペット雑誌「犬吉猫吉」や旅行情報誌「九州じゃらん」の編集に携わり、フリーライターとして独立。ペット雑誌の経験を活かし、ペット関連の取材や執筆をする"(自称)ペットライター"としても活動中。趣味はネコグッズ集め、ライブ鑑賞、プロ野球観戦。