「ブラックモンブラン」「ミルクック」「トラキチ君」などのアイスで、九州ではおなじみの竹下製菓。佐賀県で創業し、120年以上にわたり堅実な経営を続けています。この1年半で2社を子会社化した同社で陣頭指揮を執るのは、2016年4月に5代目社長に就任した竹下真由さん。また小さなお子さん3人を育てる母親でもあります。会社の戦略やM&Aの背景などについて、お話を伺いました。
M&Aは守りの戦略から
――誕生から50年を超えるアイスクリーム「ブラックモンブラン」は、九州で知らない人がいないほど大人気になりました。なぜこんなに有名になったとお考えですか?
竹下:当時はバニラアイスとチョコレート、クッキークランチのハーモニーが斬新だったのが、一番のポイントだと思います。おいしいものを真摯に作ることで評価いただいていたのだと思います。そこから現在に至るまで50年も生き残ってこられたのは、いろんな要素に助けられて、まさにラッキーだったと感じています。
――売れる過程でターニングポイントがあれば教えてください。
竹下:量産できる体制にしたことが大きいと思います。最初のうちは手作業で、バニラアイスの部分だけ機械で作り、そこから人の手で1本ずつチョコをつけて、クッキークランチをつけていたそうです。ですから初回製造は1,200本ほど。中小企業はいきなり大きな設備投資はハードルが高いので、時機をみて機械化したことで量産化が可能となり、広がったという経緯があります。
――拠点や販売においては、九州にこだわっているのでしょうか?
竹下:九州から出て、全国に羽ばたいていかれたメーカーさんも多くいる中で、うちは佐賀本社で九州を地盤にするという選択をしています。だからこそ中小企業でも生き残ってこれたのかもしれないですし、とどまっていたから中小企業のままなのかもしれない…そこは正直分からないですね。ただ、商品は他のエリアにも少しずつ広げていて、お菓子の方は全国で売っています。
ブラックモンブランに関しては、おおよそ関東エリアまで販売しています。問屋さんとの取引なので、厳密にはどこのエリアまで販売されているか分からなくて、「こんなところで売られていたんだ」と意外な目撃情報をSNSで目にすることもあります。SNS上で「ブラックモンブランはどこで買えますか?」「ここにありますよ」とお客さま同士でやり取りされていることもあり、嬉しいですしありがたいですね。
――コロナ禍の2020年10月、埼玉県のアイスメーカー「スカイフーズ」をM&Aで完全子会社化されて、いよいよ関東進出と報道されていました。経緯をお聞かせください。
竹下:実は関東に進出することを目的としてM&Aしたわけではないんです。関東エリアでは以前から販売していましたので、今回の買収はBCP(事業継続計画)の観点で決断しました。近年、九州でも豪雨や地震などの災害があり、同業他社さんやお菓子メーカーさんなどが操業できない状態になってしまうのを身近に感じてきました。佐賀は災害と無縁の地といわれてきましたが、ここ1か所だけではやはりリスクがあり、機会があればもう1か所ぐらい拠点を作れるといいなと考えていました。そんな中で西日本シティ銀行さんがスカイフーズさんのお話を持ってきてくださって、うまくまとまりました。
――ニュースであったような関東進出が目的ではなかったのですね。
竹下:記者さんたちにはそうご説明したのですが、面白い見出しにするためにそう書かれるのかなと思います(笑)。ただ、九州出身で関東に住んでいる方々が、その記事を見て「やったー」と喜んでくださったのはすごくうれしかったです。
もし被災して工場が止まったらこのままスタッフを抱えていけるのか、商品の供給が一時的にでもできなくなったら、売場を確保してもらえるかも分かりません。事業を継続していくためにはきちんと供給できる体制を強化していく必要性を感じていました。ですから、どちらかというと守りから考えたM&Aですが、スカイフーズの立地や技術力によって相乗効果を見込むと、攻めの一手にもつながると捉えています。
――今はスカイフーズで竹下製菓の商品も作られているのでしょうか?
竹下:ありがたいことに既存のスカイフーズのお客さまからのニーズが引き続きあって、竹下関連の商品を製造できる余裕があまりない状況です。特に最近はコロナ禍で出勤できなくなるスタッフが出るなど、工場の操業面ではなかなか苦労しています。
うちの主力を埼玉でも作れるようにするつもりですが、そのためには設備と人の体制を整えて、関東圏でより売れるように営業もかけなければいけません。予測ほど売れなければ佐賀で作って送った方が効率いいかもしれませんが、それでは何かあったときに供給できなくなります。これから数年かけて、うまく回るように道筋をつけていくつもりです。
中小企業として考える今後
――今年(2022年)1月には、岡山市のパンメーカー「清水屋食品」も完全子会社化されました。
竹下:こちらは製品ポートフォリオを強化するという攻めの目的で買収させていただきました。日本の人口は減っていくので、既存のブラックモンブランを飽きられないようにちょっとずつリニューアルしたり、新商品を開発したりしています。そんな中で次の柱となる商品を育てるのはとても大変で、「生クリームパン」のブランドを確立しつつある清水屋さんと一緒になることで、ともに関東エリアへの販路拡大など相乗効果を見込めると考えています。
――今後もM&Aを検討されていますか?
竹下:これまでも積極的にあたっていたわけではなく、たまたまご縁があってご紹介いただいた感じです。ですが今後もゼロではないと思いますし、ご縁があれば検討するつもりです。この先、日本の中小企業は後継者不足がますます深刻になり、M&Aも事業承継の選択肢の一つとして考えられるのではないかと思っています。
――ブラックモンブランをもっと全国に広めたいとお考えですか?
竹下:どこでも買える商品なら、ナショナルブランドになってしまうでしょう。ただ、いろんな方に召し上がっていただきたいですし、九州出身の方がふと食べたいと思ったときに、このエリアならここに行けば買えるというような基幹店を確立できるといいなと考えています。
九州にゆかりのある方を除いて関東ではまだまだ知名度がありません。でも、10年ほど扱っていただいているスーパーもあって、近くの方などに「九州出身ではないけど、たまたま買って好きになった」と言っていただける機会が増えてきて、うれしいなあと思っています。まだ限られた店にしか置いていませんが、食べてくださった方から評価いただくことで、少しずつ広まっていけばと期待しています。
――竹下さんはコンサル会社に勤務された経験があるので、自社を客観的に見ることができそうです。
竹下:そうですね、いいところもあれば、もっと頑張らなければいけないところもいっぱいあると思います。例えば、地元では知られているので、働きたいという人が集まってくださるのはありがたいですね。逆に課題としては、これまでは佐賀で働くことを前提として入ったスタッフばかりなので、今後はM&A先に転勤してくれるような多様な人材確保が必要になってくると思います。
――御社は「我社はおいしい、楽しい商品を作って社会に奉仕する」を経営理念として、竹下さんで5代目社長になります。どんな会社にしていきたいですか?
竹下:この経営理念は、現会長の私の父が作ったのですが、「おいしい」だけでなく「楽しい」というところが気に入っています。私自身は「人を幸せにする会社でありたい」といつも思っています。そもそもアイスやお菓子には人を"ハッピー"にする力があり、働く人も取引先の人も、「関わって良かった」と思ってもらえる会社にしたいです。
私自身もいろいろな経営者の方にお会いしたり、本を読んで学ぶことに加え、野球の大谷翔平さんを例に出すと、才能がある上に血のにじむような努力をして、普段の生活でも徳を積まれている気がします。最後の一歩で明暗が分かれることがあるなら、努力する姿勢や積み上げてきたものによって道が拓けたりするのかなあと感じているので見習っていきたいと思います。
見ていると楽しい気分になる、竹下製菓のホームページ。取材で訪れた本社は、のどかな風景が広がる丘の上に、風車つきのレンガの建物やカラフルなロゴが見えて、まるで遊園地のようにワクワクする雰囲気でした。そして白衣で登場した竹下さんも、明るく自然体でオープンにいろいろな話を聞かせてくれました。それら3つのイメージがピッタリ重なって、日本に幸せな夢を見せてくれる竹下製菓。今後の新たな展開も要注目です。
フリーライター・エディター
福岡市出身。九州大学教育学部を卒業、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、Web、報告書などの制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人をはじめ数千人を取材。2児の母。