社名の「ジール(ZEAL)」とは「情熱・熱意」を表し、「クラフト(CRAFT)」は職人を表します。この2つのを合わせた“情熱ある職人”という意味を持つ「株式会社ジールクラフト」は、第一線で活躍する大工を抱えながら若い世代の育成にも努める会社です。同社が起業した背景にあるのは、日本の建設業界が抱える“職人の高齢化”という深刻な問題がありました。その課題を解決するための起業でしたが、そこには並々ならぬ苦労があったそう。今回は起業に至る経緯や、これまでに乗り越えてきたいくつもの壁について、工事部長の松尾裕弥さんにお話を伺いました。
■プロフィール
株式会社ジールクラフト
取締役 工事部長 松尾裕弥さん
長崎県壱岐市出身。福岡の専門学校(建築学科)で設計や施工管理について学んだ後、ゼネコンに入社。鹿児島で社員大工として現場監督を務める。その後福岡へ戻り、建設会社に勤務した後「株式会社フォレストヴィラホーム」に入社。2020年の「株式会社ジールクラフト」の創業を機に同社の取締役工事部長に就任。
大工の高齢化が進み、大規模工事にできる大工集団もいない事実に直面
――起業に至った経緯を教えてください。
松尾:弊社を創業したのは2020年ですが、元々は親会社の「フォレストヴィラホーム」に工事部として所属していました。「フォレストヴィラホーム」はカナダ輸入住宅の「セルコホーム」というブランドを展開している会社です。事業を展開する中で、10年ほど前に社長が取引先から「老人ホームやデイサービスセンターなどの大きな木造住宅の建設はできないか?」と打診されたことがありました。
大きな建物は一般住宅と異なり大人数の大工が必要になるため、いざ周りの大工をあたってみたところ、大工を集団で抱えるところはなく、1人で外注を請け負う“一人親方”の大工がほとんど。さらに大半は60~70代の高齢の方ばかりでした。
実際にここ20年の間に高齢化や若者離れで大工の数が半減しているというデータもあり、「近い将来、家を建てられる人がいなくなってしまう」という強い危機感を覚えました。そこで「フォレストヴィラホーム」の中に新たに工事部という部署を設け、若手大工の育成をしながら建設工事を自社で請け負う体制を整えようと考えたことが、「ジールクラフト」の始まりです。
――その工事部が「ジールクラフト」として独立したということでしょうか?
松尾:その通りです。ただ、事はそうすんなりといかず、工事部を立ち上げること自体にも苦労がありました。まず社長が「社員として大工を育成したい」と提案したのですが、幹部を含めて社内では大反対。なぜかというと、人の育成にはお金がかかるからです。特に職人は現場で技術を習得するのに少なくとも2~3年は要しますし、その間は会社が費用を負担しなければなりません。
そこで社長は「今、大工の育成に取り組まないと先が見えない」という強い思いを持って幹部を説得し、赤字覚悟で大工の育成に取り組むことになりました。当時大工の棟梁をされていた方が取締役を務めていたので、彼に若い人材の育成を任せることにして工事部はスタートを切ったのです。
“売り上げゼロ“を乗り越えながら若手大工の育成に努める
――人材はどのようにして集められたのでしょう?
松尾:高校卒業後の若い人を育てたいと考え、社長が九州各地の工業系高校を1つ1つ回って人材を募りました。社員寮がないものですから、遠方の方のために会社でマンションを購入したという経緯もあります。
そうして2015年に工事部へ1期生が入社したのですが、この人材育成にも苦労があり…。実は1期生の多くは大工の厳しさを目の当たりにして退職してしまったのです。
18歳ということで社会経験はもちろん、人生経験もまだまだ未熟な方を束ねていくことの難しさも痛感しました。
ただし、その翌年に入社した2期生は根気強く頑張ってくれて、現在まで残っているメンバー5名は係長に昇進して次世代の育成にもあたってもらっています。
――工事部からどのようないきさつで独立することになったのですか?
松尾:工事部を立ち上げた最初の3年間は人材育成に力を注いでいたので、売り上げはほとんどゼロ。赤字の連続でしたが本社からの支援を受け踏ん張って育成を続け、社員たちもようやくお金をいただけるような技術を身につけるように。「フォレストヴィラホーム」以外の仕事も徐々に請け負うようになったので、どんどん営業をかけて工事を受注していこうということになりました。
ただしこのままでは、「いざとなれば本社の仕事がある」という甘えが出てしまうと考え、工事部の社員とともに新会社を創り、独立起業したのが2020年のこと。2023年には土地を購入して新たに社屋を建て、完全独立を果たしました。現在はパートの方を含めて19名の社員が所属しています。
やりがいを感じ、いち早く活躍できる環境を整える
――人材を育成する上で苦労したことや工夫したことがあれば教えてください。
松尾:若い人は明確な目標を持つことが大事だと考え、技術評価制度を導入しました。一般的な会社では人事評価制度というものがあると思いますが、その技術版のようなもので、1年間でどれくらいの技術的な事柄をこなせるようになったのかを可視化するものです。この評価はボーナスなどの査定にも反映されるようになっています。
もう一つが、いち早く自身の成長を感じられる技術の習得です。一般的に日本家屋の建築には木造軸組工法という柱や梁を組み合わせる技術が必要になるのですが、この技術を習得するには数年もの長い年月を要します。このことも大工離れが進む理由の一つなのです。
そこで当社では、まずはツーバイフォー工法を若い大工に任せることにしました。柱や梁ではなく箱のように面と面を合わせていく工法で木造軸組工法のような特殊な技術を必要としないため、マニュアルに沿って建設できます。その後、木造軸組工法も併せて覚えてもらうため、若い大工でも長い時間をかけずに経験を積めて、自信に繋げることもできるのです。
もちろん、経験を積む中で木造軸組工法といった特殊な技術の修得にも挑戦できます。技術を身につけることは大前提ですが、その前段階として大工を続けないことには始まらないので、まずは家づくり、物づくりのやりがいを感じてもらえる工夫をしています。
――周囲からの反応はいかがですか?
松尾:「よくこれだけ若い人が揃っているね」や「期待しています」と言っていただくことがあります。実際、これだけ若手の大工を抱えている会社は福岡でもここだけではないでしょうか。おかげで現在は「フォレストヴィラホーム」以外の仕事を7~8割請け負い、住宅メーカーの下請工事や、アパートや老人ホームの建設にも携わっています。
――起業して良かったと思えることはありますか?
松尾:「株式会社フォレストヴィラホーム」から独立することは会社からの提案でしたが、メンバーも納得の上で「自分たちで責任を持ってやります」と決意してスタートを切れたこと。「大工として1人前になる、大工を育てる」という同じ目標に向かってみんな一丸となっていますし、会社の雰囲気も良いと感じています。
経営陣と社員のお互いに高い志があるからこそ、この会社が成り立っているんだと思っています。
――最後に、今後の展望を教えてください。
松尾:社員のうち現在は14名が大工として活躍していますが、もっと数を増やして20名以上の若手大工を誕生させたいと考えています。ありがたいことに現在までコンスタントに毎年数名に入社していただいているので、離職率が高いと言われる建設業の中でもこのままのペースを崩さずに、幅広い現場で活躍できる人材を育てていきたいです。
株式会社フォレストヴィラホーム 中安章社長(右)
株式会社ジールクラフトについて
■会社概要
会社名:株式会社ジールクラフト
URL:https://www.zeal-craft.com/
所在地:福岡市南区曰佐2丁目5番12号
設立:2020年10月1日
代表取締役:中安
章、渡辺 和博
■事業内容
大工派遣事業、リペア事業、リノベーション事業
■問い合わせ先
092-404-0117(代表)
お知らせ
▷Fukuoka Growth Nextでは西日本シティ銀行スタッフが毎週水曜日常駐しています。創業に関するご相談も承っていますのでお気軽にお越しください。
▷福岡市と北九州市には創業期のお客さまをサポートする専門拠点『NCB創業応援サロン』を設置していますので、こちらにもお気軽にお越しください。
[NCB創業応援サロン福岡]
福岡市中央区天神2-5-28 大名支店ビル7階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-713-817
[NCB創業応援サロン北九州]
北九州市小倉北区鍛冶町1-5-1 西日本FH北九州ビル5階
平日:9:00~17:00
TEL:0120-055-817
◎コワーキング施設「The Company DAIMYO」
福岡県福岡市出身・福岡市在住。地元の大学を卒業後、ペット雑誌「犬吉猫吉」や旅行情報誌「九州じゃらん」の編集に携わり、フリーライターとして独立。ペット雑誌の経験を活かし、ペット関連の取材や執筆をする"(自称)ペットライター"としても活動中。趣味はネコグッズ集め、ライブ鑑賞、プロ野球観戦。