個人事業主は法人化したほうがお得?押さえておきたいメリット&デメリット
By 河野 雅人
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個人事業主として事業が軌道に乗ってくると、「法人化の検討」という選択肢があります。具体的にどのように法人化したらよいのか、その方法やタイミングについて悩んでいる人も多いのではないでしょうか。
今回は個人事業主から法人化する方法や、メリット・デメリットについて詳しく解説していきます。
法人化(法人成り)とは

「法人化(法人成り)」とは、自営業者などの個人事業主が株式会社や合同会社を設立して、自営業として運営していたときの資産や負債を設立した会社へ引き継ぎ、継続して事業を行うことをいいます。
法人設立に必要な人数
1人でも法人は設立できる
法人設立は1人でも行えます。つまり、個人事業主が自分だけで起業しようとした場合でも、法人の設立は可能です。
新会社法による合同会社の設立
新会社法が施行されたことによって、合同会社を設立できるようになりました。合同会社は、設立するための費用が安いというメリットがあります。
また、会社組織そのものがシンプルなので、経営を行いやすい会社形態といえます。人数が少ない場合の法人設立に適していると考えられるでしょう。
個人事業主と法人の違い
個人事業主の特徴
個人事業主の特徴としては、事業を始めるのが簡単であることが挙げられます。基本的には、税務署や役所に開業届を提出することで事業主となり、事業から得た利益に対して所得税が課せられます。
法人の特徴
法人として事業を始めるには、まず法人を設立しなければなりません。設立手続きは法律に基づき、厳格な手続きが要求されます。そして、設立後に事業から得た利益に対して法人税が課せられます。
一般的に、個人事業よりも会社として事業を行うほうが社会的に信用されやすく、事業拡大や資金調達も行いやすくなります。また、場合によっては節税することも可能です。
法人化するための手続き方法

(1)会社を設立する
法人化する場合、まずは新たに会社を設立することになります。
会社の形態
会社の形態として、主に株式会社や合同会社があります。事業にとって信用力が重要なら株式会社、設立費用をできるだけ抑えてスピーディに設立したいなら合同会社が適切といえます。
発起人は個人事業主本人
個人事業主本人が発起人となり、会社の設立手続きを行います。発起人である個人事業主は、設立する会社に資本金を出資し株主となるとともに、新会社の代表取締役に就任します。
会社の定款や実印、印鑑証明書など必要な書類をまとめ、法務局において法人設立登記を行うことで新会社が誕生します。
(2)事業用の資産・負債の引き継ぎ
事業に必要なものだけを引き継ぐ
法人化するときには、個人事業として活動していた事業にかかわる資産・負債を新会社に引き継がなければなりません。
すべての資産・負債を引き継ぐ必要はなく、棚卸資産や固定資産、現金・預金など事業に必要なものだけを引き継ぎましょう。
債権債務を引き継がないほうがよい理由
売掛金や借入金などの債権債務については引き継がず、そのまま個人で回収または支払を済ませたほうがよいと考えられます。なぜなら、債権債務の引き継ぎは法律上、債権譲渡や債務引受となり、原則として相手方の承認が必要となります。
また、場合によっては利害関係のある第三者まで承認を要するなど、煩雑な手続きとなるからです。
具体的な引き継ぎのやり方
具体的には、預金はそのまま個人口座から引き出して、会社の口座に入金します。棚卸資産や固定資産については、個人から法人へ時価で売却したものとして会計処理を行います。
このときに、次に述べる名義変更も同時に行いましょう。
(3)各種名義変更の手続きをする
法人化することによって契約の主体が個人から法人になるため、改めて会社名義で契約し直す必要があります。
また、取引先との契約も個人名義から会社名義への変更が必要になります。主な契約や名義変更は以下のようなものが挙げられます。
預金通帳の開設手続き
会社名義の預金口座を開設し、その口座で新会社での入出金や振込処理などを行います。
得意先や仕入先との契約
得意先や仕入先と取引上の契約を交わしている場合には、契約主体を個人名義から会社名義に変更しなければなりません。取引先へのあいさつもかねて、名義変更の協力をお願いしましょう。
店舗、事務所などの賃貸借契約
事業で使用する事務所や店舗、駐車場などについて賃貸借契約がある場合も、個人名義から会社名義への変更が必要になります。
車両
個人名義の事業用車を新会社が引き継いで利用する場合には、車や車両保険の名義変更が必要になります。
水道光熱費、通信、リース契約など
事業用の電気やガス、水道、さらにインターネットや各種リース契約などについても、会社名義に契約を変更する必要があります。
関係省庁への届出
新会社の設立手続きが完了したら、税務署及び都道府県税事務所に「法人設立届出書」などの届出が必要になります。そのとき、「個人事業の廃業届出書」を税務署に提出しましょう。
また、許認可が必要な事業を行っている場合には、監督官庁に所定の届出書を提出します。
法人化による主なメリット

(1)社会的信用度が上がる
公的な書類による信用力
法人を設立するには、定款の認証や設立登記など法律で定められた手続きを踏む必要があります。そして法人設立登記後は、登記事項証明書など公的な書類が発行されます。
公的な書類は誰にでも閲覧することができ、どのような会社であるかがすぐにわかるようになります。したがって、個人事業主の場合より社会的な信用度は高いといえます。
仕事の受注の幅が広がる可能性
法人化することで信用力が増すと、個人事業主のときは信用面によって仕事を取れなかった企業から、仕事を受注できるようになる可能性もあります。
(2)有限責任である
法人は、原則として出資金額を限度に責任を負うことになります。
つまり、会社が倒産した場合でも、出資者である社長はその法人に出資した金額以上の責任は負わず、社長個人の財産にまで責任が及ぶことはありません。
(3)給与所得控除を利用できる
法人化により事業所得者から給与所得者へ
個人事業の場合は、事業収入から経費を差し引いた残額が個人の所得になり、これに所得税がかかります。
一方、会社社長となると会社からの役員報酬(給料)を受け取ることになります。つまり法人化すると、個人事業主は事業所得者から給与所得者になります。
「給与所得控除」の利用により法人税・所得税の節税が可能となる
給与所得の場合、所得税の計算の際、給与収入から「給与所得控除」を差し引くことができます。ここで「給与所得控除」とは、収入の額に応じて一定額を控除できる制度をいいます(下表参照)。
法人化すると、会社の売上から社長の報酬を差し引くことで法人税を抑えられます。社長個人の所得税についても、その報酬から給与所得控除を差し引くことで所得税を抑えられます。このように法人化によって、法人税・所得税の両方の節税が可能となるのです。
給与の収入金額 | 給与所得控除額 |
---|---|
1,800万円以下 | 収入金額×40%-10万円円 55万円に満たない場合には、55万円 |
1,800万円超~3,600万円以下 | 収入金額×30%+8万円 |
3,600万円超~6,600万円以下 | 収入金額×20%+44万円 |
6,600万円超~8,500万円以下 | 収入金額×10%+110万円 |
8,500万円超 | 195万円(上限) |
ただし、法人化することで節税が可能となるのは、個人事業をしていた際の所得が一定額を超えた場合に限られるので注意が必要です。
※どれくらいの所得になれば法人化したほうが有利かは後述します。
(4)家族への給与・配偶者控除・扶養控除
個人事業主の家族への給料の取り扱い
個人事業主では、原則として家族に給料を払うことはできません。ただし、青色事業者として「青色事業専従者」という制度を利用すれば、家族にも給料を支払えます。これにより、家族への給料が経費として計上できるため、節税につながるというメリットがあります。
一方で、家族に給料を支払うことで、配偶者(特別)控除や扶養控除の適用を受けられなくなります。
※家族への給料を事業経費に算入しなければ、配偶者(特別)控除や扶養控除の適用を受けることができます。
法人の場合の家族への給料の取り扱い
法人の場合は、家族でも従業員として雇うことができ、給料を支払うことに何ら問題はありません。それだけでなく、社長の所得税を計算する際にも、配偶者(特別)控除や扶養控除を適用できます。
したがって、法人税だけでなく社長個人の所得税までも抑えることが可能となります。
※家族へ支払う給料が一定額を超えると、配偶者(特別)控除や扶養控除を適用できません。
※納税者本人の合計所得金額が1,000万円を超える場合は配偶者(特別)控除を適用できません。
(5)消費税の免税期間2年を活用できる
消費税課税事業者の判定方法
消費税の課税事業者か免税事業者かの判定は、2年前の売上高で判定する場合と、前年度の売上高と給与支払額を基準として判定する場合があります。
2年前の売上高が1,000万円を超えているか、または前年の上半期売上高と給料支払額がともに1,000万円を超えていると消費税課税義務者となります。
法人化により消費税の納税を2年間遅らせることが可能となる
たとえば、個人事業主での売上高が年間1,000万円を超えた場合、その2年後から消費税課税事業者となります。
しかし、2年後の年のちょうど年末で個人事業を廃業し、翌年始めに法人化することで免税期間がさらに2年間延び、消費税の納税を遅らせることができます。
ただし、法人の資本金は1,000万円未満に限ります。資本金が1,000万円以上の場合は初年度から消費税課税事業者となります。
(6)赤字(損失)を10年間繰越できる
年間収支が赤字の場合、その損失額を翌年度以降に繰越すことができます。個人の所得税の場合は青色申告事業者で3年間の繰越が可能ですが、法人の場合は繰越損失が10年間認められています。
たとえば、大きな赤字となった年があったとしても、その年の赤字を翌年以降10年の間に出た利益と相殺できるため、個人に比べて法人は大きな節税効果があるといえます。
法人化による主なデメリット

(1)事務処理の負担・経費が増える
法人化をすると、個人事業主で活動していたときよりも、会計処理や税務申告にかかわる事務作業が増えることになります。事務処理をおろそかにしてしまうと、正しく税金計算ができず、その後の税務調査で多額の追徴課税が発生することもあるため注意が必要です。
また、取引の記帳や法人税申告書の作成などを税理士に依頼することになると、税理士報酬費用もかかります。
(2)設立の際に設立費用がかかる
法人設立には相応の費用がかかることもデメリットの一つといえます。一般的には、定款の認証手数料に4万円から10万円ほどかかります。また、会社であれば20万円から25万円、合同会社であれば10万程度の設立登記費用が必要です。
(3)赤字でも税金が発生する
法人では、たとえ事業で赤字となった場合でも「法人住民税の均等割」は必ず発生し、資本金が1,000万円未満の場合は年間7万円の支払いをすることになります。
※地方自治体によって均等割額は異なります。
(4)従業員の社会保険や労働保険への加入が義務づけられる
法人では社会保険の加入が義務づけられます。社長1人しかいない会社であっても、社会保険に加入しなければなりません。
社会保険料は会社と従業員で折半となるため、従業員などを雇う場合は保険料の支払いも大きな負担となるでしょう。また、従業員を雇う場合には労働保険への加入も必要になります。
個人事業主から法人化したほうが有利な条件とは?

では、どれくらいの所得水準になれば法人化したほうが有利になるのでしょうか。
【個人事業主】所得税と税率
個人事業主には所得税がかかります。所得税の税率は5%から45%で、所得が増えれば増えるほど税率は高くなっていきます。
所得税率表
課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円〜330万円 | 10% | 9万7,500円 |
330万円〜695万円 | 20% | 42万7,500円 |
685万円~900万円 | 23% | 63万6,000円 |
900万円〜1,800万円 | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円〜4,000万円 | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円超 | 45% | 479万6,000円 |
【法人】法人税の税率
法人税の税率は、利益が800万円以下では15%、それ以上は23.2%となっています。これに事業税や法人住民税まで含めると、法人の税率は約21%から34%となります。
法人税率表(事業税、住民税含む)
課税所得金額 | 税率 |
---|---|
400万円以下 | 約21% |
400万円超~800万円以下 | 約23% |
800万円超 | 約34% |
利益が800万円から900万円になれば法人化を検討すべき
この税率の違いから、個人事業主として順調に利益が増えていき、ある一定の利益を超えると、法人化したほうが税金面で有利となると考えられます。
所得税の税率は900万円を超えると33%となるので、個人事業主としての利益が800万円から900万円くらいになれば、法人化を検討するベストなタイミングといえるでしょう。
まとめ
個人事業主と法人で大きく異なる点は、税金面の扱われ方といえます。事業の内容や規模によって、どちらが有利でどちらが不利とは一概にはいえませんが、それぞれのメリット・デメリットをきちんと理解し、適切な事業形態を選択しましょう。
- 法人化
Writer

河野 雅人
公認会計士、税理士、CFP
大手監査法人に勤務した後、会計コンサルティング会社を経て、税理士として独立。中小企業、個人事業主を会計、税務の面から支援している。独立後8年間の実績は、法人税申告実績約300件、個人所得税申告実績約600件、相続税申告実績約50件。
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