アサーティブコミュニケーションは、円滑な人間関係を築くのに有効な手法です。個々の性格に関係なく、トレーニングにより誰でも実践できます。今回は、仕事でもプライベートでも役立つアサーティブコミュニケーションの意味や、実践のポイントを解説します。
アサーティブコミュニケーションの意味と4つの柱
ビジネスやプライベートにおいて、自分の気持ちを伝えながら相手と良好な関係を築きたいシーンは多々あります。アサーティブコミュニケーションは、他者との関係構築において大切なポイントです。
アサーティブコミュニケーションとは
さまざまなシーンで役立つアサーティブコミュニケーションについて、意味と起源を紹介します。
相手を尊重しながら自己主張する表現
アサーティブコミュニケーションとは、自己と他者の双方を尊重しながら自分の思いを伝える会話方法です。
アサーティブ(assertive)は「断言する、はっきり(積極的に)自己主張する」と訳されます。心理学の認知行動療法を源流に持つ「アサーティブネス(assertiveness:自己主張)」から来ている言葉です。
一見、自己主張を強く押し出す印象を受けますが、アサーティブコミュニケーションにおいては相手の意見や考え方も尊重します。そして、自分の意志も適切に伝える手法です。
アサーティブコミュニケーションの起源
起源には諸説ありますが、この会話手法は心理学者のジョセフ・ウォルピによるカウンセリングから生まれたとされています。人間関係を築くのを苦手とする人の課題解決を目的に開発されました。
人はそれぞれ独自の価値観を持っています。互いを知るためには、相手の考えを尊重しつつ自分の意志を誠実かつはっきりと伝える必要があるのです。状況に応じて適切な自己主張をすることは、ビジネスシーンに限らず生きやすさにもつながります。
アサーティブコミュニケーションが提唱する4つの柱
以下の4項目が、アサーティブコミュニケーションを実践する際に重要な心の持ちようとされています。これらを意識した会話や表現は、おのずとアサーティブコミュニケーションができる状況を生み出すのです。
1)誠実
誠実とは、人や物事に対して真心を持って真面目に接する様子を意味します。私利私欲に突き動かされることなく、相手にも自分にも誠実であることが必要です。
2)率直
率直とは、嘘をつかず、ありのままであるという意味があります。相手の主張に合わせて自分の気持ちを押し殺すのではなく、伝えるべきことは正直かつ丁寧に表現します。
3)対等
世の中には先輩・後輩、上司・部下といったさまざまな関係性が存在します。こうした互いの立場や年齢・経験の違いなどに左右されることなく、対等に話し合う姿勢も欠かせません。
4)自己責任
会話する態度や発言内容について、自分が発信・選択したものは全て自己責任とすることです。会話による決定事項や発言しなかった意見も、自己責任の範囲に含まれます。
アサーティブコミュニケーションが求められている理由
近年、価値観の多様化が進んでいます。ビジネスにおいても、ダイバーシティの取り組み等を推進する動きが活発です。多彩な人材が活躍できて、生産性の高い職場づくりはどの企業においても急務です。アサーティブコミュニケーションは、こうした課題を解決する大きな鍵といえます。
社員同士の良好な関係構築
立場に関わらず意見を交換できるようになり、相互理解を深められるのがアサーティブコミュニケーションの大きなメリットです。
例えば、上司と部下の関係においては、どちらかというと部下が遠慮しがちです。互いが対等・率直にコミュニケーションできれば一方的な意見の伝達にはならず、本音を知り合えます。部下からすると意欲を削がれない働きやすさ、上司からすると部下について適切に把握できる機会を得られるのです。
生産性の向上
職場の人間関係がスムーズであれば、生産性も上がります。適切な状況把握ができるようになり、最適な仕事の役割分担も可能です。
また、それぞれの立場・意見を尊重しながら必要に応じて提案や議論を行えるので、業務の効率化にもつながります。新たなビジネスや風通しの良い企業風土を育み、生産性を高められる環境づくりが期待できるのも大きな利点です。
社員のメンタルヘルスケア
社員を注意深く見守り、サポートする社内制度があるのに、休職者や退職者が減らないという企業は意外と多いものです。アサーティブコミュニケーションを実践すれば、この課題にもアプローチできます。
職域・職制に関係なく誰もが活発に意見交換できる職場であれば、仕事や人間関係にストレスを感じにくいです。担当業務に対する意欲や自己責任の意識も、自然と湧いてきます。アサーティブコミュニケーションを通じて、実態に即した無理のないメンタルヘルスケアを行えるのです。
アサーティブコミュニケーション実践のポイント
実際にビジネスの場でアサーティブコミュニケーションを図るために役立つポイントと、注意点を解説します。
アサーティブコミュニケーションとそうでない主張との違い
互いの意見を伝え合いながら合意点を見つけていくのが、アサーティブコミュニケーションです。ただし、主張の表現度合いによっては、自分や相手にプレッシャーをかける恐れがあるので注意しましょう。
アサーティブを含む以下の3つが、代表的なコミュニケーションスタイルです。それぞれの違いを理解すれば、アサーティブコミュニケーションを実践しやすくなります。
アグレッシブ
攻撃的で自己主張が強いコミュニケーションスタイルです。相手の主張に耳を傾けず、自己主張を押し通して論破します。一方的にプレッシャーをかけ続ける・受け続けることになるため、ストレスフルです。人間関係の悪化も否めません。
アサーティブ
自分と相手の主張、双方を尊重します。対等に話し合えて、相違点があっても互いが納得できるゴールを目指せるコミュニケーション方法です。必要な事項について冷静に検討できるためストレスが少なく、円滑な人間関係を築けます。
ノンアグレッシブ
自分の主張は抑え、相手の意見を優先します。どんなに正しい主張でも表に出せず、主張が強い人に振り回されがちです。その場は収まったとしても、主張を飲み込んだ側はストレスがたまります。
アサーティブコミュニケーションを実践する「DESC法」
アサーティブコミュニケーションを行う際は、「DESC法」をベースに会話を組み立てていくとスムーズです。意識的に繰り返していけば、アサーティブな思考で物事を捉える習慣が身に付きます。
D:描写(Describe)
事実のみを伝えます。ポイントは自分の感情や憶測、相手に対する評価等を一切入れないということです。客観的に起きた出来事のみ描写し、相手にシェアします。
以下は、DESC法「描写」の例です。
E:表現(Explain)
伝えた事実について、自分の気持ちを述べます。大切なのは、感情的な表現をできるだけ避けることです。相手を責めるような言葉を使わないよう注意しましょう。主観的な感情を丁寧に話します。
以下が、DESC法「表現」の例になります。
S:提案(Specify)
事実と気持ちを述べたら、今後の方向性について提案します。ここでも相手を思いやり、攻撃的にならない表現を選びましょう。具体的な事柄を提案することで、相手からの同意を得やすいです。
DESC法「提案」の例が、以下になります。
C:選択(Choose)
提案内容に対する相手の反応を踏まえて次の選択肢を考え、シェアします。得られる結果がイメージできる一言もあるとベストです。ここでは、相手の状況に応じた柔軟な対応が求められます。自分の事情だけでなく、相手のことも考えましょう。
DESC法「選択」の例は、以下のとおりです。
企業におけるアサーティブコミュニケーションの取り組み事例
ひとりひとりの従業員が活躍し、生産性アップを目指せるアサーティブコミュニケーションの事例を紹介します。
アサーティブトレーニング
アサーティブコミュニケーションに必要なのは「スキル」です。自身の性格を変えることではなく、伝えるべき意見を適切に発する技術が求められます。このスキルは、トレーニングすれば誰でも習得できるものです。
アサーティブトレーニングとは
アサーティブコミュニケーションのスキルを学び、鍛えることです。あらゆる状況下で、スムーズにアサーティブコミュニケーションがとれるようにしましょう。職場での日常的な会話から重要な会議に至るまで、日頃から意識的なトレーニングが欠かせません。
各企業においては、社員研修にアサーティブトレーニングを採用する事例が増えています。対象者も新入社員から若手、中堅、管理職まで幅広く行われており、社内での立ち位置に合わせた対応スキルを学びます。
アサーティブ研修を通じて得られるもの
多くの職場において、上司と部下の関係が存在します。ビジネスを推進するためには、両者の良好な関係が不可欠です。しかし、立場や経験、考え方の違いによりコミュニケーションが円滑にとれなくなると、関係の悪化や不信感を抱く結果を招きます。
アサーティブトレーニングは、この課題を解決するのに役立つのです。上司にとっては、部下への適切な指導や依頼において効果があります。部下の立場においては、上司への相談や報告を率直に行えるスキルを習得可能です。
アサーティブコミュニケーションによる職場改善事例
誰もが働きやすい職場環境づくりには、良好なコミュニケーションが必須です。そのため、アサーティブトレーニングを通じて、従業員同士がスムーズに意思疎通できる環境づくりに取り組む企業も増えています。
離職率の改善
転職が当たり前の世の中になったこともあり、離職率を課題に挙げる企業も多いです。例えば、新入社員と教育担当者とのジェネレーションギャップにより、入社時研修の仕組みがうまく機能しないことがあります。
コミュニケーションがうまくいかない環境において、新入社員は「上司は自分のことを全く理解できていない」と感じます。上司側も「今の若い世代は何を考えているか分からない」という印象を抱いてしまうのです。
アサーティブトレーニングを実施することで互いの考えを伝えられるようになり、職場環境の向上につながります。
ハラスメントの防止
法令遵守のためのハラスメント防止研修を実施したのに実態は変わらない、と悩む職場もあります。研修内容をよく見てみると、法律や各種制度に関する話が中心となるケースも少なくありません。また、ハラスメント研修では言ってはいけない言葉がフォーカスされがちです。
しかし、本当に必要なのは「業務上伝えるべき話を相手に届ける」ことです。相手が不快になる表現ではなく、アサーティブに対話できるスキルが求められています。アサーティブコミュニケーションを学ぶ時間を定期的・継続的に取ることで、この状況を改善できます。
メンタルヘルスの対策
組織には、さまざまな立場や価値観のメンバーがいます。それぞれの考えを尊重しながらチームをまとめる立場の担当者は、特にプレッシャーがかかる環境です。また、メンバーにおいても、同意できない考えにも従わざるを得ないこともストレスになります。
メンタルヘルス対策のためにアサーティブコミュニケーションについて全社で学び、意識的に実践することは非常に有効です。自分の考えを伝えるアサーティブな表現だけでなく、違う意見を持つ相手のことを受け止めるスキルも身に付きます。アサーティブトレーニングは、協力しあって仕事を進めるチームづくりにもつながるのです。
まとめ
アサーティブコミュニケーションは、自分と相手の双方を尊重できる会話手法です。多様性を大切にする現代社会において、より良い人間関係を築くための必須スキルともいえます。繰り返しトレーニングすれば誰でも習得できるので、意識的に取り組んでみましょう。